2017年4月22日土曜日

小野小町の恋の歌

 

   小野小町が、年をとって容貌も衰え、最期は陸奥国の野で髑髏になったという説話を紹介しましたが(小町髑髏説話、拒絶する小野小町)、「だめ、そんなの小町じゃない」という小町フアンのために、小野小町の素敵な和歌を紹介したいと思います。

  公認小町フアン第一号は、紀貫之(三十五番)かもしれませんね。貫之は、わが国最初の勅撰和歌集である、古今集の仮名序にこのように記しています。

 小野小町の歌は、いにしえの衣通姫(そとおりひめ)の流れをくんでいます。思いがあふれていますが、強く主張するわけではありません。いうなれば、美しく高貴な女性が、思い悩む心の内を言葉にしているようなものです。強さがないのは女の歌だからでしょう。(古今集仮名序)

 衣通姫は古代の美女の代名詞で、美しさが衣を通って輝いていたといわれています。

 勅撰集の恋の部は、おおむね恋の進行にしたがって和歌を配列しています。恋の初めのときめきを歌った歌から、なんとかして思いを伝えたいと願う歌、次の段階の、思いがかなってうれしいという歌はほとんどなくて、逢えなくなったことを嘆いている歌がバターン1,2、3…と続き、終わってしまった恋の歌という順序です。古今集の恋の部は、恋一から恋五までの五巻ですが、恋二の巻頭に小野小町の歌が三首ならんでいます。

思ひつつぬればや人の見えつらむ夢としりせばさめざらましを
あの人のことを考えながら寝たので、あの人が夢にでてきたのかしら。夢とわかっていれば目を覚まさなかったのになあ

うたた寝に恋しき人を見てしより夢てふものはたのみそめてき
うたた寝をしていて恋しいあの人を見てからというもの、夢というものに期待してしまいます

いとせめてこひしき時はむばたまの夜の衣を返してぞきる
とてもたえられないほど恋しい時は、夢で逢うためのおまじない、夜の衣を裏返して着るのです

 全く関係のない話ですが、私がつわりで何も食べられなかったとき、夢にグレープフルーツが出てきたんです。喜んで食べようとしたところで起こされてしまい、なんで起こすのよと、目が覚めた時に本気で文句を言ったことを思い出しました。一番目の歌(思いつつ)もそんな感じかな。え、同意しかねる?

 気を取り直しまして、古典和歌には「夢の通い路」という美しい言葉があります。ふたりの心が通い合っていれば、相手が夢に現れると信じられていたので、二番目の歌(うたた寝に)は、彼も私のことを思ってくれているのかしら、期待していいのかしらと、どきどきしています。貫之が仮名序に書いているように、積極的にアプローチする歌ではありませんが、こんなラブレターがとどいたら、夢とはいわず、すぐに直接逢いに行ってしまうのではないかな。

 古今集からもう一首、

  文屋康秀(ぶんやのやすひで)が、三河の掾(ぞう)
    になって、「私の任国を見にいきませんか」といって
    きた返事に詠んだ  
わびぬれば身をうき草のねをたえてさそふ水あらばいなむとぞ思ふ(雑下)
わびしくて、わが身を憂きものと感じていますので、憂き草ならぬ浮草のように根無し草となって、誘う水があれば、どこにでも流れて行こうと思います

三河国の国司になった文屋康秀(二十二番)が、どうですあなたも一緒にいきませんかと軽く誘いをかけてきたので、そうね、行ってもいいかなと軽く返した歌です。小町が詠んだ歌が過剰に〈深刻ぶっている〉ので、これは冗談で、軽い会話を楽しんでいるんだなとわかります。ここで小町のお返事を真に受けてしまうと、百夜通いすることになるかも。文学畑の方たちは、めんどうくさいところが多々ございますね。




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